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2018.12.06/news

井上岳志 特集記事(2018.12.06)

 

プロボクシングのWBO世界スーパーウェルター級3位の井上岳志(29、ワールドスポーツ)が来年1月26日(日本時間27日)、テキサス州ヒューストンでWBO世界同級王者のハイメ・ムンギア(22、メキシコ)に挑戦することが5日、都内の後楽園飯店で発表された。
 井上はOPBF東洋太平洋、WBOアジアパシフィックの同級王者で、返上した日本王座を含め3冠王者だった時期もあり、国内無敵のまま4月にはIBFの同級2位決定戦に勝ち世界ランキング入りしていた。14戦13勝(7KO)1分の無敗のまま初の世界挑戦チャンスを手にした。一方のムンギアは、すでに2度の防衛に成功している31勝(26KO)の無敗の強打者。米の有力プロモーターであるゴールデンプロモーションと提携し、“ポスト・カネロ”として期待のかかる若手の有望株だ。井上にとって難敵だが「弱いのをやって獲っても仕方がない。最後のチャンスのつもりで」とチャレンジャー魂でぶつかる。

かつて輪島功一氏が取ったミドルに並ぶ激戦階級への挑戦

 いつまでも「もう一人の井上」に甘んじているつもりはない。「ボクサーの井上です」と名乗って、WBA世界バンタム級王者、井上尚弥(大橋)と、勘違いされる世界からは、プロボクサーでいる以上、卒業したい。その絶好のチャンスが到来。井上にミドル級と並ぶ激戦区の世界戦が実現した。

「夢にまで見た世界タイトル。ワクワクしている。メイウェザー、パッキャオのいた階級だが、気後れはない。命をかけてやんなきゃいけない。ここからは自分の力を問われる。人に無理だと言われることを成し遂げてこそ意味がある」

 濃紺のスーツにネクタイを決めた井上は、ミスターコンテストばりの爽やかさで言った。

 スーパーウエルター級の世界王座はWBA、WBC統一王者だった“燃える男”輪島功一氏に代表されるかつての日本の伝統の階級。過去にWBAの工藤政志氏、WBAの三原正氏、WBA暫定の石田順裕氏と4人の王者を輩出してきた。

 だが、井上が語るように、フロイド・メイウェザー・ジュニア、マニー・パッキャオらが君臨した時代があり、現在も、WBA世界スーパー、IBFの2団体統一王者のジャレット・ハード(米国)が、ワイルダー対フォーリーのセミファイナルでKO勝利して左肩手術からの復活をアピール。そのリングにWBC世界同級王者、ジャーメル・チャーロ(米国)が上がって対戦を煽るなど、人気と実力を兼ね備えたボクサーがひしめく高レベルの激戦区になっている。

 この4月に野中悠樹(井岡弘樹ジム)とIBF同級2位決定戦を戦い、判定勝利して挑戦者決定戦への権利を手にした。だが、1位のジュリアン・ウィリアムズ(米国)との試合は、相手に振り回され一転、二転した。同時にWBO同級1位のデニス・ホーガン(豪州)との挑戦者決定話も舞い込んだが「帝拳の本田明彦会長に尽力していただいたおかげで」(齊田竜也会長)挑戦者決定戦ではなく、サプライズ的にWBO世界王者、ムンギアとの世界戦が電撃決定したのだ。これも運命。

 井上は齊田会長の駿台学園高―法大ボクシング部の後輩となる秘蔵っ子である。井上がボクシングを始めるきっかけとなったのは、尾間木中3年の4月。腕自慢の“ワルの転校生”から「おまえがたいがいいな」と喧嘩を売られトイレに連れ込まれた。井上の部活はサッカー部。フィジカルが強いのを理由にディフェンスをやらされていた。K-1など格闘技に興味はあったが、もちろん喧嘩などしたことはない。

 どういった経緯だったか、顔面パンチ無しの“特別ルール”での決闘のゴングが、その狭くて臭い場所で鳴った。

「ひたすらボディの殴り合い。殴っても殴られても血がたぎり興奮したんです。殴り合いとの運命的な出会いでした」
 授業開始のチャイムで決闘はドローとなったが「僕が押していました」。駿台学園進学と同時にボクシング部へ。主将を任され「3冠を取ればプロへ」と考えていたが、1冠しか取れず、今度はロンドン五輪出場を目指して法大に進んだ。
売り出し中の最強王者に勝機はあるのか?

 強化指定選手には選ばれたが、全日本の準優勝止まり。また夢破れ五輪もプロもあきらめて警察官の道へ進もうと千葉県警の試験を受けた。だが、これも失敗。総合格闘技への道などを模索しているときに齊田会長が声をかけた。

「才能を眠らせるのはもったいない。プロでやってみないか。東洋までは取らせる。そこから先はおまえ次第だ」

 駿台学園時代から目をつけていた齊田会長の回顧。

「見込んだの
は誠実に努力する性格。才能があると言ったのは努力する才能。そういう選手は苦労しながらも伸びる」

 国際ジムのトレーナー時代に元WBA世界Sフライ級王者のセレス小林氏が、日本王座に2度失敗しながらも、コツコツと時間がかけて努力で強くなり世界王者になった姿を見てきた齊田会長は、井上の未来をそこに重ねた。

 井上は遅咲きだった。4年前のデビュー戦はドロー。
 パワーはあるが、効かせるパンチがなく消化不良の判定勝利が続いた。無駄な筋肉が邪魔をしていた。齊田会長は筋トレ禁止令を出したほど。練習の力を試合になると出せないというジレンマもあった。
「だが型にはめず長所を伸ばす」の指導法がはまる。
 一発で倒そうとせず、ボディビルダーのような筋骨隆々のフィジカルを生かしたパワーで押し込み、ジワジワとスタミナを奪いながら、パンチの連打であきらめさせるという井上の新しいスタイルが日本タイトル獲得の前後から確立した。
 齊田会長は、それを“女郎蜘蛛殺法”と名づけた。
 だが、真のパワー、スピードのある外国人の世界ランカーとは対戦していない。しかも、今回の挑戦相手は、全米が次代のスーパー王者として注目しているムンギアである。

 今年5月に当時王者のサダム・アリ(米国)と1位の元王者、リアム・スミス(英国)と指名試合が組まれたが、スミスがアレルギー性皮膚炎で欠場となったため、急遽、代役挑戦者に指名され、4ラウンドTKO勝ちした。昨年末に名王者、ミゲール・コット(プエルトリコ)の引退試合でタイトルを奪ったサダム・アリを倒した、その試合は“番狂わせ”として全米に襲撃を与えた。
 初防衛戦では、そのリアム・スミスを判定で破り、V2戦は豪快なKO勝利。超好戦的で、荒々しく左右のフックをふりまわし、左のボディアッパーも強烈で、攻撃パターンはメキシカンらしく多彩だ。32勝26KOが示すようにスーパーウェルター級でも無類の強打者である。

 勝機はあるのか。
 井上が言う。
「これまでの試合を見ていると対戦相手の近づき方が甘いんです。だからアッパーをもらっている。中途半端にくっつかず、もっと距離を詰めてインファイトをすればパンチは殺せます。右のストレートのカウンターも当たるはず。自信は持っています」
 齊田会長も「スピードとフィジカルは井上が上。相手が嫌がるボクシングをすれば、まだ22歳と若い選手。ムラがある。ベルトを獲りに行く」と本気だ。
 本来ならば、リーチのあるストレートパンチャーのカウンターの一発に番狂わせの匂いはするが、井上は逆にリーチで劣る。しかも敵地の米国に乗り込んでの試合だ。圧倒的に井上が不利であることは間違いない。
 上回っているのは、フィジカルとパワー。
 リーチがありフックパンチャーのムンギアの懐に張り付き、息ができないほど押し込んで、スタミナを削りながら根負けするほどパンチを打ち込む。井上ワールドに持ちこめるかどうか。「スタミナは十分。ムンギアに遜色はありませんよ」。井上の勝利イメージはそこにある。

 高校時代から好きなボクサーは“石の拳”ロベルト・デュランとマイク・タイソン。「デュランの倒し倒されの試合がかっこいい。レナードとの第一戦が印象深い」。
 無骨で愚直なデュランのスタイルを井上が好むのはわかる気がする。甘いマスクにワイルドなファイティングスタイル。世界を獲れば「もう一人の井上」も卒業、人気は出るだろう。
 一人暮らしのマンションでは、4歳の愛犬ポメラニアン「茶々」に癒され、「ボクシングより好きかもしれない」というほどの「スタジオジブリ」作品の熱狂的大ファン。高一のとき金曜ロードショーで見てから虜になった。
 好きな作品は「もののけ姫」と「耳をすませば」。全22作品をすべて50回以上ずつ見た。予約必要な美術館にも何度も。「何か暖かさを感じるでしょう。もののけ姫は鳥肌が立ちました」。リングと素顔のギャップも井上の魅力。

 試合まで週2、週3ペースでスパーを消化していく予定。1か月前からは、試合時間に合わせて睡眠時間を変え時差対策も始めたいという。“世紀の番狂わせ”として世界を驚かせる準備はできている。

(文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)